がんばれブラバン その2
1986-04-10


練習番号一

 新学期が始まった。新しい制服の一年生が、中だるみの学年といわれる二年生が、受験の学年、三年生が、それぞれ少しづつ緊張して、慣れない教室を、それでもやっぱり我が物顔でのし歩いている。〓
 我が大高ブラバンは、この時期いつもいそがしい。新入生の勧誘もしなくちゃいけないし、コンクールへの準備も始まっている。それにもう一つ、重大な、そしていちばんやっかいな問題が控えている。とても二、三日前に終った演奏会のよいんに浸っているヒマなんてない。〓
 いちばんやっかいな問題。そう、まあうちの代だけってわけじゃあないけど、なんか大きな行事のあとで必ず出てくるんだよね、この問題。なにって?
 もちろんアレ、退部、タ・イ・ブ。〓
 とくにおれらの代は、いつでもそのことでもめて来て、そのことにかけちゃあかなり有名なんだ。別に名誉なことでも何でもないけど。〓
 まあ、四回も演奏会やった代なんて俺らだけだし、それだけハードな練習をしてきたからってこともあるんだろうけど、三十四人もいた仲間が十人もへっちゃったらやっぱり異常だよ。悲しいよ。ホント。〓
 だからもう一人も減らしたくない、いや、減らせない。〓 でも……〓 やっぱりいるんだよ。そういう人が。〓 

・・・というわけで、われわればかやつらの男どもは、むしゃくしゃする気持を押えるために、朝練終了後も部室にいた。藤森が、桑原が、健朗が、部室のきたない緑のじゅうたんにペタッと坐り込み、一つ、二つとためいきをついている。〓
 「ったく、どうかしてるよな、あと半年なのによう」〓
 ホント、みんなが困るの知ってて言ってるんだぜ。楽しんでるんじゃないのかな。〓
 荒れていた。おれらはどうしようもなく荒れていた。だって今だって二十五人しかいないのに、またやめるっていってる奴がいるんだぜ、信じられないよ、まったく。〓
「どうするんだろ、女の子、ほんとに一人もいなくなっちゃうんじゃないの?」〓
 おいおい、藤森。さびしいこと言うなよ。信じようぜ。いままでいっしょにやって来たんだから。〓
「でもさあ、今度はなんか本気っぽいよ。美和ちゃんだってケンちゃんがやめればやめ るっていってるし、そしたら小池だって田村だってやめちゃうよ」〓
 ちくしょう、なんでなんだろ。そんなにいやな部か、ここは。そんなに、そんなに、そんなに・・・〓
 部室の緑のカーペットをいじりながら、おれらはだんだん暗くなってきた。冗談じゃない。女の子全部ぬけちゃったら、こんな部なんて解散だ。みんなで出なきゃコンクールなんて何の意味もないんだから。〓
「もし、女の子全部やめちゃったらさ、俺も、やめるから」〓
 ばかやろーって殴ってやりたかった。仲間だろ、本気か? 男だけになったって、最後まで続けようっていってくれよ。〓
 でも、だめだった。そんなことできなかった。だって、みんないなくなったこの部で、それでも最後までやり続けることなんて、やっぱり出来そうにもなかったから・・・〓
「そんなこというなよ、みんなでコンクール出ようよ」〓
 それだけしか言えなかった。〓
「まったく何考えてるんだろ、うちの女子は」〓

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